大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)2869号 判決 1972年10月31日
原告 株式会社広瀬洋紙店
右訴訟代理人弁護士 長浜靖
被告 三好正登
右訴訟代理人弁護士 立入庄司
主文
被告は原告に対し金二八万〇、七四八円およびこれに対する昭和四五年六月一四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
(当事者双方の求めた裁判)
原告
被告は原告に対し金二八万〇、八三〇円、およびこれに対する昭和四五年六月一四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言。
被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(請求原因)
一、原告は訴外前田拓男に対し金一〇四万二、七〇一円の約束手形金債権を有していたが、右債権の執行保全のため訴外前田が第三債務者訴外蛭子卯三郎に対して有していた敷金返還請求債権の内金一〇四万二、七〇一円について、大阪地方裁判所に対し債権仮差押の申請をしたところ、同庁昭和四一年(ヨ)第三四三七号債権仮差押事件として、昭和四一年九月五日仮差押命令が発せられ、右命令はその頃債務者である訴外前田、第三債務者である訴外蛭子に送達された。
そして前記約束手形金債権は、大阪地方裁判所昭和四二年(手ワ)第四〇六号約束手形金請求事件として裁判の結果勝訴確定し、原告は訴外前田に対し昭和四二年一〇月二八日付をもって、前記の仮差押をした敷金返還請求債権について、同庁昭和四二年(ル)三九三五号、昭和四二年(ヲ)第四〇九〇号債権差押及び取立命令を得た。右各命令は昭和四二年一〇月三〇日債務者訴外前田、第三債務者訴外蛭子に送達された。
二、被告は訴外前田に対して金一〇〇万円の約束手形金債権を有していたが、右債権執行保全のために訴外前田が訴外蛭子に対して有していた前記の敷金返還請求債権の内金一〇〇万円について、昭和四一年八月四日、大阪地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二九五五号債権仮執行差押事件として仮差押命令を得、次いでその本執行として昭和四一年一一月一日に同庁昭和四一年(ル)第三〇〇五号債権差押命令昭和四一年一一月一七日に同庁昭和四一年(ヲ)第三四〇五号債権取立命令を得、これら各命令は、それぞれその発せられた頃、債務者訴外前田、第三債務者訴外蛭子に送達された。
その結果、被告は訴外蛭子から差押えた敷金一〇〇万円より訴外前田の有していた未払家賃等の債務金四五万円を控除した金五五万円を受領した。
三、右金五五万円を前記各債権差押命令、取立命令の、原告および被告の各請求債権額に比例して按分すると、原告は金二八万〇、八三〇円となり、被告は金二六万九、一七〇円となるから、被告は右金二八万〇、八三〇円を原告に配当金として交付すべきである。仮りにそうでないとしても不当利得金として原告に返還すべきである。
四、よって右金二八万〇、八三〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年六月一四日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の答弁)
一、請求原因第一項は認める。同第二項は被告が訴外前田拓男に対して有していた金一〇〇万円の約束手形金債権の執行保全およびその本執行として、原告主張の頃、その主張どおりの債権仮差押、債権差押、および取立命令を得、これらの命令が、それぞれ発せられ頃に、債務者訴外前田、第三債務者訴外蛭子に送達されたことは認めるが、その余の事実は否認する。もっとも被告は訴外蛭子より被告の右債権差押、および取立命令が同訴外人に送達された後、敷金五五万円を受領したが、これは右取立命令の執行によるものでなく、任意に弁済を受けたものである。同第三項は争う。
二、原告が債権仮差押命令を得たのは昭和四一年九月五日で、被告が債権仮差押命令を得た昭和四一年八月四日より後であり、また原告が債権取立命令を得たのは昭和四二年一〇月二八日で、被告が債権差押命令を得た昭和四一年一一月一日、同取立命令を得た同年同月一七日より後であるところ、取立命令は執行債権者に債務者に代わり債務者の第三債務者に対する債権を自ら取立てる権限を付与するもので、配当要求を認めず執行債権者の独占的満足を図ることができるものである。よって被告が前記金五五万円を取立命令執行の結果受領したものとしても、原告に配当する義務はない。また被告は前記のとおり、訴外蛭子より任意に弁済を受けたもので、自己の権利を行使したのであるから、不当利得とはならない。
(証拠)<省略>
理由
一、請求原因第一項は当事者間に争がない。また同第二項については、被告の訴外蛭子よりの敷金五五万円の受領が取立命令の執行の結果によるものであるかどうかにつき争があるほかは、当事者間に争はない。被告は訴外蛭子よりの敷金五五万円の受領は、被告申請に係る前記大阪地方裁判所昭和四一年(ル)第三〇〇五号債権差押命令、同庁昭和四一年(ヲ)第三四〇五号債権取立命令の執行の結果によるものではなく、訴外蛭子より任意に支払を受けたものであるから、原告に配当金を交付する義務はない。と主張する。被告のいわんとするところは、被告は右取立命令に基づき積極的に取立行為をなした結果訴外蛭子より金五五万円の弁済を受けたのではなく、被告の現実の取立行為がなかったのに訴外蛭子より任意に支払って来たものであり、右金員の受領は取立命令の執行と無関係であるから、配当しなければならぬものではない、というものであると解される。取立命令を得た債権差押権者が執行機関たる地位を有するものであるか否かについては学説上争のあるところであるが、しかし執行裁判所が債権差押および取立命令を発し、これを債務者、第三債務者に送達する行為が、執行機関の執行行為であることは明らかである。そしてこれら各命令の送達により、取立命令を受けた債権差押権者(以下取立債権者という。)は、債務者が第三債務者に対し有する債権を、債務者に代り自己の名において取立得る権能を有するに至るものであり、換言すれば本来の債権者ではないにかかわらず第三債務者よりの弁済を受領し得る資格を得るのであって、取立命令の本質はここにあるわけである。したがって取立債権者が第三債務者からの弁済を受けること自体、取立命令の発令、送達という執行行為の結果にほかならないのであって、このことは弁済が取立債権者の積極的な取立行為によりなされたか、第三債務者が任意になしたかによって、相違するものではない。被告が訴外蛭子より敷金五五万円の弁済を受けたのは、前記債権差押取立命令が同訴外人に送達された後のことであることは当事者間に争がないから、右取立命令の執行の結果によるものであることは明らかである。よって被告の前記主張は理由がない。
二、<証拠>によると、原告の申請によって発せられた前記債権仮差押、債権差押および取立命令、並びに被告の申請によって発せられた前記債権仮差押、債権差押および取立命令の被差押債権である敷金返還請求債権は、いずれも訴外前田が訴外蛭子より大阪市北区旅籠町一番地上の建物を賃借した際、訴外蛭子に差入れた敷金であって、右賃貸借契約が終了した際、訴外前田が敷金一二五万円より約定控除額を差引いた残額の返還を訴外蛭子に請求し得る債権であることが認められ、原告は内金一〇四万二、七〇一円につき、被告は内金一〇〇万円につき、それぞれ前記各命令を得たのであるから、被告が弁済を受けた敷金残額五五万円については、原告および被告双方の申請により二重に債権差押、取立命令の効力が及んでいるわけである。被告は取立命令は執行債権者に、債務者に代わり債務者の第三債務者に対する債権を取立てる権限を付与するもので、配当要求を認めず、執行債権者の独占的満足を図ることができるものであるから、被告が取立命令執行の結果右五五万円を受領したものとしても、これを原告に配当する義務はない、と主張する。取立命令が執行債権者に債務者に代わり債務者の第三債務者に対する債権を自ら取立てる権限を付与するものであることは被告の主張するとおりであるが、配当要求を認めず、執行債権者の独占的満足を図るものであるとの主張は当らない。民事訴訟法第六二〇条は明らかに配当要求を認めているからである。ただ同法は債権の重複差押の可能について明文の規定を置いていないため、自然重複差押の配当要求の効力についても規定を欠いている。しかし同法には重複差押を禁ずる規定なく、しかも差押命令は第三債務者を審尋せず発せられ(第五九七条)、債権者はこれと同時に、あるいはその後第三債務者に対し、他よりの差押の有無について陳述を求めることができる旨規定されている(第六〇九条)ところより見れば、同法が重複差押を許す趣旨であることは明らかである。すでに債権の重複差押を認める以上、取立債権者が債権を取立て、その旨を執行裁判所に届出るまでになされた重複差押については、同法第五八七条、第六四五条第二項に準じこれに配当要求の効力を認めるべきは当然であろう。ところで執行裁判所や執行官ではない取立債権者に配当の責任を負わせることについては、民事訴訟法第六二〇条による配当要求については執行裁判所よりその送達を受けるから、取立債権者はこれを確知し得るが、重複差押については具体的に配当要求があった差押以外に、なお他に差押があるや否やを確認するすべを有せず、したがって配当額を確定し得ないから、難きを強いるものであって不適当である、との批判がある。しかし取立債権者は自ら配当を実施する責任を回避しようとすれば、同法第五九三条に準じ、配当額を確定し得ず、したがって債権者間に配当の協議調はないとして、取立金を供託し、執行裁判所にその事情を届出ることにより、右裁判所に配当手続を委ねることができると解され、そうすると取立債権者は自らの責任において配当を実施するか、執行裁判所にこれを委ねるか、二者のうちそのいずれかを選択する自由を有するのであるから、右批判は当らない。差押債権者は、差押の事実を証して取立債権者に配当の請求をすることができ、取立債権者が前記法条による供託もなさずしてこれを拒むときは、右債権者は訴を以て配当金の請求をなし得るものと解すべきである。ただしそうでなければ、差押債権者が取立債権者に対し前記法条による供託を請求し得る旨の規定はないから、遂に配当を受け得ない結果となるからである。もっともかかる訴を許すとすれば、他の重複差押の有無を確知し得ない取立債権者に不測の損害が生ずるおそれがあるが、しかしこれは自身配当実施の途を選んだものとして、取立債権者が自ら招いた損害というべきであって、止むを得ないものである。なお被告は自己の得た債権仮差押、債権差押、取立命令の発令がこれに対応する原告の得た債権仮差押、債権差押、取立命令の発令より、それぞれ先行することを強調するが、取立債権者は結局差押債権者その他配当に与かるべき者全員のため第三債務者から取立をなすものであると解されるから、右各命令の発令、送達の前後は、取立金の配当に別段の意義を有するものではない。
三、ところで原告の受くべき配当額は、他の重複差押、配当要求の存在につき主張立証のない本件にあっては、被告の受領した金五五万円より取立に要した執行費用を控除した残額を、原告の請求債権額と被告の請求債権額の比率により按分して算出すべきである。しかし執行費用については被告は何ら主張、立証をしないから、金五五万円の全額を計算の基礎とせざるを得ない。原告の請求債権額は金一〇四万二、七〇一円であり、被告の請求債権額は金一〇〇万円であるから、右計算方法により原告の受くべき配当金額を計算すると、金二八万〇、七四八円となる。そうだとすると被告は原告に対し右金員、およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録により明らかな、昭和四五年六月一四日より完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。よって原告の本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野田栄一)